2022-06

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「川角太閤記」巻2を読む 柴田勝家、前田利家を姫路に派遣する

大名衆より返事がないことを聞き届けると、大徳寺へ参詣を遂げられ、新しく建立した総見院の御影の前で一番に焼香なされたことを越前の勝家が聞いて、「もはや筑前をだまそうとしても中々だまされることはない。早く何とかしなければ」と、工夫分別なされて、...
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「「川角太閤記」巻2を読む 秀吉の智恵比べ 

秀吉は考えて、宿札を殊の外たくさん書かれ、その札に羽柴筑前守鉄砲大将、弓頭、名前がある人はもちろん、名字もない人までも何某、誰がしと書きつけた宿札を洛中洛外に打ちまわされ、大津、伏見、深草、醍醐、山科、嵯峨、かような在々まで隙間なく打ちまわ...
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「川角太閤記」巻2を読む 秀吉の企て

秀吉は、そのとき、播磨で牢人たちを集め、噂がたたないように、武具以下に至るまでもれなく内々で用意するよう仰せ付けられた。 柴田への返事として常ならばそのまま上洛すべきところを、勝家を欺こうと思われ、新しく寺や御影などを仰せ付けられるのが尤も...
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「川角太閤記」巻2を読む 秀吉と勝家の確執

秀吉はすぐに蜂須賀彦衛門、黒田官兵衛、中村孫平次らを召し寄せられ、「明後日のお祝いの日、この秀吉に城の二の丸で腹を切らせるための談合が行われたようである。勝家のところで決まったようだ。こうなれば、早々とここを去って国へ帰るらねばなるまい」 ...
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「川角太閤記」巻2を読む 丹羽長秀、秀吉の危急を救う

柴田勝家は宿舎で、「御一門、我が身もまるで秀吉に礼をしているようで不快な事この上もない」とつぶやいているところへ、滝川左近、丹羽五郎左衛門、その他が夜に柴田のところへ来ていたが、滝川左近が言うには、「御一家衆、勝家を初めとして筑前守に御礼す...
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「川角太閤記」巻2を読む 丹羽長秀、秀吉を援護する

丹羽五郎左衛門殿が申されたことは、「右に申したごとく、勝家殿は腹を立てられたかもしれないが、上様、京都に於いて切腹なされたそのとき、筑前守は中国備中で大敵の毛利輝元の軍と指し向い、その身の危険を顧みず、播州へ帰城し、三日と休息せずに、即時に...
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「川角太閤記」巻2を読む  岐阜城会議

今週は南新宿の生涯学習センターで講演があり、約二時間お話をさせていただきました。 会場を訪れると、何と参加者の皆様は8割が女性のお方でしたので、急遽、女性の皆様用にお話をアレンジしました。 喜んでいただけたかな。 さて、「川角太閤記」巻2は...
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「川角太閤記」巻2を読む 岐阜城で織田家重臣会議始まる

先週、八王子ロータリークラブ様からお招きを受け、卓話として歴史講演をさせていただきました。 慣れない場でしたが、皆様、熱心に聞いていただいたので、無事に終わりほっとしております。 明日は南新宿で生涯学習の皆様に二年ぶりの講演をさせていただき...
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「川角太閤記」巻1を読む 山崎の合戦 光秀の最期

光秀方も山崎の東町の頭までも人数を打ち出し、互いに備えを立てたところ、山崎松山へ明智が鉄砲大将をさし登らせた。 そこを中村一氏が発見し、先の折り懸けの目印のところに行って、五寸すはひを良き時分と見計らい、真ん中と思われるところへ鉄砲を掛け、...
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「川角太閤記」巻1を読む 山崎天王山の争奪

秀吉はお供に十騎ばかりを召し連れ、「光秀に夜討ちを入れたら、道は良い街道筋である。そうであるなら、返り夜討ちすべきである。味方の勢二町ばかり引きのけて、悉く人数を備え、一人も立たざるように、のぼり・指物無用である。道具以下も伏せさせよ。鉄砲...