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命の水を守る水番城

先のブログで述べた長野県松本市の桐原城からほんの数キロ離れたところにある山中に「水番城」という変わった名をもつ山城が存在している。 「水番」とは文字通り、水の番のことで、城は山の沢から出る豊富な水を確保するために、築かれ …

聖なる避難所・高尾山

北条氏照の支配下に住む民衆の避難所としては、高尾山も同じであった。 高尾山は標高599メートル、山頂に薬王院がある。 高尾山は武田信玄の領国甲斐との境に位置し、小仏峠からの敵の侵入を阻む位置にあることから、軍事上も重要な …

青梅御岳山は城だった?

東京郊外にある青梅御岳山、八王子高尾山は共にハイキングを楽しめる山として昔から人気が高い。 そこでは、東京都とは思えないほど周囲に山々が連なり、空気もおいしく、山下には清流や湖があるなど自然の恵みが豊富で、山で採れる山菜 …

糞尿の処理と水洗トイレ

籠城における城内での衛生面の悪さが引き起こした悲劇的な事件が能登(石川県)七尾城における籠城戦である。 それは天正四年(一五七六)のことであった。 七尾城は当時能登畠山氏の城であったが上杉謙信により包囲され、その周辺の領 …

城に避難した領民たち

戦国時代、城が敵に攻められると、城の近辺にいる住民はいったいどうしたのであろうか? 当時の戦争というのは、いろんな意味合いをもっている。その一つが攻めてきた敵の兵士たちは領民たちのもつ金品はもちろん領民たちまで略奪すると …

湧き水を城に運んだ?桐原城

前回の続きですが、図の中で、興味を引くのは、桐原城のある尾根の背後、北西の方向の尾根上に湧水が湧く池のような場所があり、そこから水を城に引いていることである。 このような城の図は他に見たことがなく、大変興味をそそられた。 …

腹痛がもたらしたヒント

長野県松本市の郊外に桐原城という戦国時代の山城の跡がある。 城山の標高は九四八メートルと高いが、山麓からの比高は二〇〇メートルでそう高い山には見えない。 この城は追倉沢と海岸寺沢という二つの沢に挟まれた尾根上に築かれてお …

今月のNHK学園

今月のNHK学園「三池純正の歴史講座」は、「豊臣秀吉の天下構想」と題して、受講生の皆様と一緒に学びました。 先月の「織田信長の天下構想」がまだ後半部分が残っておりましたので、それを補いながら話を進めて参りましたが、「小牧 …

城を水辺に築く理由

武田信玄が川中島支配の拠点として築いた海津城(長野県長野市)は千曲川河岸に築かれていた。 また、信玄がその後に築いた長沼城(同)も海津城より上流の同じく千曲川河岸に築かれていた。 それは一つには千曲川を城の堀として軍事的 …

城を重要視した信玄

「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵なり」 これは武田流軍学の書『甲陽軍鑑』にある信玄が語ったという有名な言葉である。つまり、「武田家にとっては人の材こそが最も重要でそれは城に匹敵する」という意味合いの含蓄ある言葉であ …

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