守る兵のいない新府城

新府城は要害である七里ヶ岩の台地上に築かれた武田館でもあった。
しかし、勝頼が夢見ていた新たな都は実現しなかった。
城、その外郭は大量の兵がいればこそ機能する軍事施設であった。
城が一応の完成を見たころ、織田信長は武田討伐を進めるにあたって、武田一族の切り崩しをはかっていた。
「もう武田に未来などない。これからは信長様の時代じゃ。」信長の使者は彼らにそう何度も説いたことだろう。
その中にあって、勝頼の妹を妻とし、武田の親族だった木曾義昌はついに武田を見限り、信長に内通した。
そして、一族の最有力者穴山梅雪も勝頼を裏切った。
梅雪は勝頼の新府移転に最後まで反対し、さらには、勝頼の重臣の用い方にも批判の目を向けていたという。
梅雪の離反を契機にドミノ倒しのように武田家家臣たちは勝頼を次々と見限っていった。
そんな状況の中、「ほんの少しの軍勢でも構わぬ。救援の兵の派遣を至急お願いいたしたい。」と勝頼は同盟者の上杉景勝に何度も救援の要請を行っている。
だが、頼みの上杉景勝も織田信長の攻めを受け、勝頼を救援する余裕などなかった。
そこに及んでは、せっかく築いた巨城はそれを守る兵士のいないただの巨大な物体でしかなくなっていた。

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