宣教師の見た秀吉⑭

さらに、ヴァリニャーノは「日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。最も国土が不毛且つ貧しい故に、求めるべきは何もなく、また、国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからである。しかしながら、シナに於いて陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時と共に非常に益することになるであろう。それゆえ、日本の地を極めて重視する必要がある」とも述べている。
イエズス会のサンチェスがスペイン国王に書き送った書簡には「此の野蛮人(シナ人)共はスペイン人というものを知らず、スペインの僅かな鉄砲隊でも何百万人ものシナ人を滅ぼすのに充分だということを知らない」「先年僅か十三人の日本人の搭乗した小舟が一艘渡来し、二三千人以上のシナ人に包囲され、洞窟に閉じ込められたが、彼らはその堅い壁に出口を作り、そこから脱出するや、直ちに多数のシナ人を殺してしまった。シナ人は彼らを一昼夜にわたり包囲しながらも攻撃を加えることが出来ず、脱出した日本人は近くの海岸に行って舟を奪い、それに逃げてしまった」と述べ、臆病なシナ人を征服するのに勇敢な日本人を利用すれば、日本人は進んでスペイン国王陛下のために働くというのである。
これは一見彼らの都合の良い見方であると思われるが、実は日本側からも肥前平戸の松浦氏、さらには小西行長らのキリシタン大名から必要な際には軍隊を提供する用意がある旨を意思表示したと推定される証言が発見されている。
以上のことを秀吉がどこまで知っていたかは分からないが、秀吉が博多のフスタ船の一件以後直ちに取った措置がそれを何より示している。

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