外国人宣教師の見た日本の戦国時代⑳

ザビエルの回想
コスモ・デ・トルレス神父とフアン・フェルナンデスと一緒に山口にいたときに日本で有名な領主の一人である豊後の王(大友宗麟)から訪ねてくるようにという招待状が届いた。
ポルトガルの船がこの領主の港に着き、領主は何か相談したいことがあるという。
そこで、彼がどこまで私たちの聖教の影響を受けているかを見極めるためと、ポルトガル人に会うために、コスモとフアンに山口のキリシタンのことを頼んで早々に豊後へ行った。
領主は丁重に私を迎えた。
豊後にいたとき、山口で戦争が起こり、ある有名な貴族が山口の王に宣戦布告して、彼を山口から追放し、領地を占領した。
追われた王は逃れる道はなく、自殺を遂げた。
王の死後、この国に住んでいた貴族たちは戦争をうまく終結させ、山口を統治する者が必要だと思ったので、豊後の領主のところへ使者を何人か送った。
そして、領主に舎弟を自分たちの領主として派遣してくれるよう頼んだところ希望通りになった。
豊後の領主は戦う準備のできている大勢の兵隊を抱えていて、とても広い領地を支配していた。
領主はポルトガル人が特別に好きで、ポルトガルの王の権力と器量について聞くや否や王に手紙を書き、自分を友人の数に入れてくれるように頼み、友誼のしるしに甲冑一式を届けました。
のみならず、領主はインド総督のもとへ使節を送り、友誼と同盟と協力を約束しました。
私と一緒にインドへ行った使節は副王(総督)から寛大なもてなしを受けた。

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