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七月のNHK学園歴史講座

七月のNHK学園歴史講座は「大航海時代と天下人」シリーズの第四回目。 「大航海時代と徳川家康」を学びました。 家康は、秀吉が朝鮮出兵で残した多くの負の遺産を清算することから始めなければならなかった。 秀吉の行った朝鮮出兵により、百姓な...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代56

イエズス会では、遠方の布教地に派遣されている会員と総会長ら首脳陣との精神的絆や結束の強化のために、書簡による意思の疎通の場を確保するということに主眼が置かれていた。 そこでは、異質な土地で布教を行う精神的孤立感もあり、本部と彼らとの書簡の...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代55

布教保護権により、イエズス会の宣教師たちも単なるボランティアではなく、国家事業の一環を担うべき存在となっていった。 それにより、イエズス会は、ポルトガル国王から経済的援助を受け、布教事業に伴う莫大な費用を権利として要求できるようになった。...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代54

こうして、15世紀半ばから末にかけての約40年の間に、地球上に存在する非キリスト教世界はポルトガルとスペインによる征服と支配、そしてキリスト教の布教対象地に規定されてしまった。 これは、イエズス会が成立するずっと以前の話であり、ここにイエ...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代53

そこには、世界のあらゆる民族の上でヨーロッパ人こそ最高であり、自分たちの文明は世界の最高峰であり、自分たちこそが世界を支配し教導していく力と権利を有しているとの意識があったことは否めない。 また、シナはヨーロッパと類似点も数多く、これが一...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代52

1541年4月7日、ザビエルはイタリアから同行したミセル・パウロ、イエズス会に入ったばかりのポルトガル人修練士フランシスコ・マンシーリャスと共にインド総督の率いるナウ船サン・ティアゴ号に乗ってリスボンを発ち、モザンビークなどを経由し、翌年の...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代51

加えて、マルコポーロの『東方見聞録』によって、中国からあふれ出た富が南シナ海からインド洋に循環し、そこでイスラム世界からの商品と交換されて繁栄を謳歌する港湾都市が紹介されるや憧憬はますます強くなっていった。 このような状況の中で、キリスト...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代㊿

それはポルトガルから見れば、ポルトガル領インドでの武力による領土の獲得とその経営は、背後に「神の国」建設を目指す修道会があるかぎり、浄化され、正当性をもつことができた。 このように、インドにおけるカトリック布教はイエズス会以外の諸修道会の...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代㊾

一方、ポルトガルは1494年6月7日付でスペインと締結したトルデシ―リャス条約によって、中近東から東南アジア、日本に至るまでのポルトガル領東インドにおいて、きわめて排他的な航海領域を設定し、そこに包括される大陸や島に対する航海、征服、貿易、...
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外国人宣教師の見た日本の戦国時代㊽

また、ポルトガル本国には、ただでさえ、優秀な人材が不足しており、それをゴアの前線に送ることなどとてもできなかった。 そこで本国政府は、初期のころから、強制的に頑強な物乞い、無宿者、前科者といった非戦闘員を兵士として徴収し、ゴアに送り込んだ...
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