外国人宣教師の見た日本の戦国時代①

日本の発見
日本に初めて第一歩を記したイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルは1545年9月末にマラッカに到着したが、そこで、ポルトガル商人から、最近発見されたという「大きな島」の話を聞いた。
それが日本であった。
それまで、ヨーロッパ人にとって、日本の存在はまったく知られておらず、それは紛れもなく「発見」であった。
当時のポルトガル人は、中国のことは知っていても、海を隔てた日本という国は知らなかった。
その理由は、当時、日本人は東南アジア方面に進出してはおらず、東南アジアに盛んに進出していたのは琉球であった。
当時、琉球は中国、東南アジアの各地を結ぶ中継ぎ貿易を国をあげて行っていた。
ポルトガル人は、マラッカや広州に進出するようになって、初めて琉球人から日本のことを聞いた。
琉球人は、日本から買い入れた黄金と銅をマラッカに交易品として持ってきており、ポルトガル人は、それを産出する日本という
国に興味を持ったのであった。
琉球人は、「日本は琉球より大きく、国王は強大でシナの国王の臣下であり、日本人は海洋民ではなく、そこは琉球より7、8日の行程である」と語ったという。(中国使節トメ・ピレス『東方諸国記』)

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