慶長の山城 関ヶ原松尾山城22

松尾山に入った小早川が寝返るには、山麓の脇坂隊の同調が欠かせなかなった。
両者が同時に動いてこそ、寝返りは成功し、石田三成方に致命的なダメージを与えることができる。
そして、結果から考えると、脇坂と小早川との間には事前に寝返りの入念な打ち合わせが出来ていた。
しかし、それは両者の間だけで、脇坂に従っていた赤座・小川の隊には知らされていなかった。
もしくは、直前に知らされたということになろう。
赤座、小川は事前に家康方に付くという意思を鮮明にしてはいなかった。
それゆえ、合戦後、両者の行動はその場の空気を読んだだけの裏切行為とみなされ、改易されたのであろう。
そう考えると、脇坂は合戦前に家康方に付くとの意思を持ち、それを家康に伝えていたことになる。
松尾山山麓の脇坂は家康方である。
小早川が事前にそれを家康方から伝えられていたとしたら、小早川は関ヶ原前日、寝返る意志をもって松尾山に入ったことになる。
いや、松尾山に入ることそれ自体が寝返ることを意味するのだ。
松尾山の小早川と山麓の脇坂、両者は合戦前日、共に寝返る意志をもって合体した。
そこでは、寝返るための綿密な打ち合わせが秘密裏に行われたことであろう。
脇坂の陣と松尾山とは数十メートルしか離れていない。
声をかければ、届く範囲にある。

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