昔、佐和山に登ったこと⑳

佐和山城のすさまじい破壊を見た私は、再び滋賀県長浜市石田町を訪れた。
といっても、今から16年前の二〇〇四年の七月十七日、夏の陽射しがかんかんに照りつける暑い日であった。
初めての訪問からすでに二十年近くが経過していた。
訪れた目的は、石田屋敷のすぐそばにある八幡神社の境内から、石田家代々の墓石が発見されたという話を以前聞いていたからであった。
しかも、その墓石は無惨にもいくつにも割られ、ほとんど原形を留めてはいなかったというのである。
場所こそ違え、それは佐和山城のすさまじい破壊と同じ根を持つのではないかと思えたのであった。
初めての訪問のときは、あまり気にも止めなかったのだが、三成のことを調べていくうちに、その話が鮮明に思い出されて仕方がなかった。
いったい、誰が、何のために、石田家の墓石まで破壊したのであろうか。
そのことを知りたくて、再び、東京から車を飛ばして石田町へ向かったのである。

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