歴史研究家 三池純正の公式ブログです。

Blog

10月度NHK学園

10月度NHK学園は「城から見る戦国から近世1」と題して、城から戦国時代がどう見えるかについて受講生の皆様と学ぶ予定です。 城絵図などを使って、城の変遷を探ったり、私自身が自分の足で歩いた数多くの戦国の城の構造やエピソー …

真田家と六文銭30

『真田御武功記』という書には、海野幸義が戦死したとき幸隆は自らも討死を覚悟していたが、そこに白鳥明神の使いと称する神子が現れて鉾を逆さに持ち、「この鉾を持って敵陣を破り、ここを逃れて時を待ちなさい。そのうち、必ず本望を達 …

真田家と六文銭29

そこから、真田幸隆、そしてそれ以降の真田氏は海野を詐称したのではなく、海野氏嫡流という立場を明確にしたものともいえる。 真田氏は幸隆はもちろんその子の昌幸、さらには孫の信之とまったく断絶することなく自らが海野氏であること …

真田家と六文銭28

以上のことから、幸隆は海野棟綱の子、もしくは棟綱の娘の子というような海野氏の嫡流もしくはそれに近い血を引く人物であったのではないかということが推理できよう。 先にも述べたが、『加沢記』によると、関東管領上杉憲政は真田幸隆 …

真田家と六文銭27

幸隆の出自を考える上で、もう一つ気になるのは、幸隆の若いときの名乗りである。 幸隆は永禄二年(一五五九)ころ主君信玄の出家に伴って自らも頭を剃って入道となり「真田一徳斎」となってからその晩年に「幸隆」と名乗ったとされてい …

PAGETOP
Copyright © 三池純正公式ブログ All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.