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「古城図」を見て滝山城を歩く2

「慶安古図」滝山城を描いた人物は、軍学に通じ、城の巧緻な縄張りを読み取れる力をもっていたことは間違いない。 また、「慶安古図」を描いた当時、滝山城は大手門の土塁をはじめ現在では見られない数々の遺構が残っていたことであろう …

「諸国古城図」を見ながら滝山城を歩く

11・3の講演会の下見で中田正光先生の案内で久しぶりに滝山城を歩きました。 今回の目的は「浅野文庫諸国古城図」の武蔵滝山城の絵図と実際の滝山城がどう異なるかを調べるためです。 今回は「慶安古図滝山城」も持参したのですが、 …

11・3武蔵滝山城築城500年記念講演会

11月3日(水)13:30分から八王子で滝山城築城500年記念の講演会が行われることになった。 メインの講演は著名な中世城郭研究家の中田正光氏による「滝山城 戦火の中の民衆」で、戦国の城は民衆の避難場所であり、戦火におい …

慶長の山城 関ヶ原松尾山城28

そう考えると、南宮山の毛利軍ら三万の大軍が動かなかったのは、家康への内通が原因ではないことになる。 結論的にいえば、南宮山の大軍の行方はすべて大坂城にいる毛利輝元の意志であった。 毛利輝元は信頼する安国寺恵瓊を使って、大 …

慶長の山城 関ヶ原松尾山城27

家康が大軍を動かせる一番の前提は、美濃垂井南宮山の毛利・長曾我部・長束の三万の兵が動かないということである。 彼らが山を下りて動けば、家康方は進路を妨害されるばかりか、そこで合戦にもなろう。 何せ、南宮山の前面には中山道 …

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